As.−Treat me nice

puppete/intenseheat』

komedokoro


 

 

 

 

 

2019-12-30 15:00

 

『遠くマダガスカルに被災者と思われる遺体20体が打ち寄せられ、墜落仮想ポイントが割り出された。カールズバーグ海嶺の西南に広がる地域のある地点。想定された地点に多数の艦船、探査衛星の視点が集中され、回収用のビーコン波が、程なく確認された。』

 

このニュースが日本時間30日午後に発表された。そのポイントとマダガスカルへの潮流上でさらに多数の犠牲者と遺品が回収されたらしい。約半数が救命胴衣を着けていた事から、胴体着水に成功した直後に機体が割れて海中に没したものと考えられたが、遺体が酷く焼けていた物もあり、殆ど火に包まれた状態だった事も想像された。だが全員絶望ではないと言う事も考えられた。

 

「・・・現地へは特別便を出して対応いたします。なお、航空機の整備とパイロットの手配の都合上、出発は明朝6時。この場所に集合とさせて頂きます。」

 

航空会社の支社長が汗を拭きながら必死の対応をしている。時々ミサトと目があうのは日本で170cmを越える女性は大変珍しい事、それに加えて美人であり、その美人が、真っ赤に目を泣き腫らしているのは、ますます目立つせいだろうか。もしこの横に背だけは高いが無精髭だらけの加持が付き従っていれば、ますます目立つ事になったであろう事は間違いない。加持の身長は、180cmを僅かに越えていた。ヨーロッパにいても、タッパではまぁひけは取らなかった。

 

「ミサトさん、皆移動を始めましたよ。行きましょうよ。」
「シンジ君、わたしちょっと調べもの、思い付いたの。海で見つかったのが、確認できたと言うなら、もう、用はないのよ。他の乗客が皆いるというなら、リツコはそこにはいないもの。リツコは必ず生きてる。だから皆が死んでる所にはいないのよ。」
「そ、そりゃそうですけど。」

 

おろおろしてシンジはやっと答える。

 

「悪いけど、ネルフに寄って、アスカ引き取って帰って頂戴。タクシー、使っていいからね。」

 

言うなり空港を飛び出して行く。何故今迄気づかなかったのか。こんな所で与えられた情報には、必ずなんらかのバイアスをかけられている。本当の事を言う訳はなかった。
無人タクシーの操縦席に陣取ると、直ぐにマニュアルモードに切り替えた。思い切りアクセルを踏むと、あっというまに時速150kmを越えている。左右にハンドルを切り返しながらぐんぐん180km以上の速度で走りぬけていく。
エヴァはどうみても、どのみち決戦兵器であり最後の虎の子的兵器である。ネルフという軍組織にとって、人間の命より大切と言う事になるが、この様な車は軍から見れば『いくらでもほしいだけ』勝手に使えるのだ。所詮消耗品である。傷が付いたか、壊したからどうこういう感覚はミサトにはない。
中央分離帯の切れ目から、強引に反対車線に入り込み、逆走して進入路から出る。正面から来た車を、コンクリートの壁に車体を擦り付け、火花を散らして避けながら、さらに加速して逆走する。高台の新興住宅街の、4軒分の敷地を併せて建てたリツコの家が見えた。無闇とでかい。最初は祖母を引き取って一緒に住むつもりであったが、出来上がってみると祖母はきっぱり独り暮らしを選んだと聞いている。
車が前傾するほどのブレーキの音に隣家の婦人が出て来た。車道には20m余りの黒い制動痕が残っている。

 

「あ、すみませーん! 乱暴な音立てちゃって。」
「失礼ですがあなた様は、赤木さんのお知り合いでいらしゃいます?」
「そうですが・・・? そちら様は?」
「隣のうちの者ですが、ここ4、5日、赤木さんをお見かけしませんの。なにか、あったのですか?」
「何故そう思われるのですか?」

 

この婦人は、飛行機事故の事を知らないか、あるいは関わりないものとして内容を確認してもいないのだ。肉親が関わっていない限り、乗客名簿をじっくり見る人はまずいない。という事はこの婦人にとって、自分にかかわりのある不都合が起きているのだ。

 

「いえ、彼女は猫がお好きでいつも庭で何匹か遊んでいたり、夕方になると、猫が一杯帰って来て、御飯を食べたりしてるんです。ところがここ何日か、夕方になると、猫の大合唱でしょ。そのうち近所のうちを荒らし出して・・・。今日もうちの花壇に、肥料に埋めた魚の頭や何かを全部掘り出して食べちゃって、球根が・・」
「いままでそういう事はなかったんですね?」
「ええ、赤木さんはどんなに御多忙でも猫にだけは餌をおやりになる方でしたわ。どうしても駄目な時は、うちに頼みにいらしたり、長く御不在に為さる時は坂の下のペットショッップさんに餌やりを頼んでいかれていましたから。」
「あ、ああ、やっぱりっ!」

 

ミサトが叫んだので隣家の夫人は吃驚して後じさった。挨拶もそこそこに、ミサトは2m以上ある壁に手をかけて、軽々と飛び越して庭に入った。リビングも何もかも、カーテン越しに部屋の中が見える。雨戸が閉まっていない。体制を低くしたまま植木の影から影へと、勝手知ったる親友の家、防犯カメラやセンサーを巧みに避けて裏口に回って様子を伺う。防犯機械の作動ライトがついていない。人為的にきられたのだろうか。物置きの戸が僅かに開いて猫が出入りしている。そこをあけると、袋の脇を齧り開けられたネコニャン(ドライキャットフード)の20kg袋が、からっぽになっており、出入りしていた猫は簀の子の下に零れたやつを取ろうとしていた連中だった。

 

「やはりリツコは、いつもと違う状況にいたんだわ。」

 

『私がハイヒールなのに気づいたのは夜中の2時よ。詩人は鈍くて困っちゃう。それで、今、家から荷物持って来た所。このままちょっと南半球にデートしに行って来るから!』

 

リツコの言葉を思い出す。あのリツコが猫を頼むともいわず、戸締まりもせずに、海外旅行に行く訳がない。ましてや猫の餌を補充せずに出かける訳はない。旅券やパスはネルフの証明証で代行できるし、チケットは空港の自動発券で、朝5時前に購入している。2時にハイヒールに気づいたなら家に一度戻ってからでも、7時の飛行機に十分間に合ったはず。空港迄はあの時の場所からなら1時間かからない。自宅迄は飛ばさなくても70分ほど。ましてその後の便もある。それなのに、何故リツコは家に戻らなかった?得恋してすぐの男と一緒に、着替えもせずに遠出する様なリツコだろうか・・・。恋愛中であればあるほどせめて着替えを持って行くのではないか。いや、理由は猫だけで十分だ。リツコはどんな時でも、男を猫に優先させるような女ではない。そうでなかったらとっくに結婚していたはずだ。
ミサトはやっと口を開いた。
ああ見えても本質は私なんかよりずっと女っぽいんだから。むしろそのどこか古風な考え方は、自由に飛び回る思考とは逆に、お嫁向きと言えるほど。

 

「ま、あのMADな性向を直せばの話だけどね。」

 

間違いない。リツコは何れかの組織に寄って拉致されたのだ。深夜の2人きりだ。簡単な事だったろう。さて、どこの組織がここにリツコがいたことを知っていただろうか。あの日ここに我々がいたのを知っていたのは・・・?
ミサトの頭に、国語教師の人の良さそうな笑いが浮ぶ。アスカとシンジが1年生の時、彼等の担任だった教師だった。ミサトがこの学校に勤務を始めた時、いろいろと学校のしきたりなどをユーモラスに説明してくれたのも彼であった。数少ない、ミサトが心を許す人物の一人であった。

 

「御厨先生・・・?」

 

学校を出る所を尾行されたのかもしれない。だが今のミサトには時間がなかった。坂下のペットショップにもリツコからの依頼は入っていなかった。航空機が離陸して30分もすれば発信可能地域外だ。それ迄に猫の世話を頼む時間がない訳はなかった。躊躇わずにミサトは日向に電話を入れていた。万が一御厨が敵性人物であったとすれば、学校の中に敵の分子が入り込んでいる可能性が高い。ここから先は単独での行動はできない。ましてリツコの頭脳をかけての争奪戦だ。負ける事は世界の危機を意味する。世界で只一人、エヴァを作れる女なのだ。シンジやアスカも危険になる。何といっても世界で3人だけのパイロットだった子供達だ。

 

 

 

 

 

「さあ、試験は全て終了。後は覚醒だけだわ・・・。」

 

ヘッドフォンを外したマヤは、引き出しから目薬を出し、両目に注した。記憶走査も終了し、パーソナルパターンの変化の分析も終了している。但し9月30日の走査との比較分析が終ったというだけだ。模擬体は現在のパーソナルパターンに良好に反応しており、前回迄の平均の約2倍のスコアを弾いている。

 

・・これでシンジ君にも良好な反応があるようであれば、これをダミーの基本骨格とした方がよい結果が得られるかも知れない。

 

でも、とマヤは思う。先輩が生命の危機に曝されている時に2人はふしだらな行為に耽っていたのだ。そう考えると、結果オーライとは言えないマヤだった。

 

「あーあ。」

 

椅子に仰け反って大きく伸びをする。ついでにお嬢にあるまじき大あくびが出てしまった。慌てて口を押さえて、ちらりと青葉を見る。青葉は向うを向いていたのですこしほっとする。
別に恋愛の対象と思っている訳でもないが、この狭い空間にここ6年余り一緒に座り続けているのだ。確かに情は移っているかもしおれない。

 

・・・でも、アスカにはまだ早すぎるわ。ついこの間18になったばかりじゃない!

 

しかしその反面マヤには、全てを曝け出す相手を得たであろうアスカを羨む気持ちがあるのも、また事実であった。自分でも認めたくはなかったが、この心細さを支えてくれる相手が欲しいという気持ち。リツコとは、もう2度と会えないかも知れないという、大穴が胸にあいたような、情けない気持ちをマヤは持て余していた。

 

「青葉くん、先に上がっていいよ。後は私一人で十分だし。」
「悪いな、マヤ。今日はバンドの集まりがあるんだ。ここんとこ行けなかったんで今日ぐらいは顔を出したいとこだったんだ。」
「うん。私も何もなければ後で顔出すかも。」
「お前がくれば、皆が喜ぶよ。うちのバンド関係者で唯一の独身女性だからな。」
「マコト君はどうかなあ。」
「ミサトさんの呼び出しで吹っ飛んで行ったからなあ。やけに真剣な顔だったから、ありゃ、まじにヤバい事が起きたのかも知れない。」

 

・・・何で俺は青葉クンで、日向はマコト君なんだ。

 

そんな事に少し拗ねている自分がおかしかった。青葉は立ち上がると苦笑しながら「じゃ。」と、歩き出した。

 

「ちょっと待って。」
「うん?」

 

呼び止めた癖に、マヤはたじろいでいた。

 

・・・えーっと、何で呼び止めたのかしら。

 

「あ、あのね。」
「うん。」
「先輩・・・生きてるよね。」
「ああ。あの人がそう簡単に死んだりするか。当たり前じゃないか。」

 

あんまり青葉が当たり前そうにするのでマヤはぽかんと口を開けてしまった。

 

「そ・・・そうだよね。生きてるよね。私も信じてる。」
「希望じゃ駄目だ。生きてるって確信するんだ。祈っりってそういうもんだろ。」

 

青葉は、2.3歩マヤの方に歩み寄ると、手を頭に上に置きポンポンと軽く叩いた。
そうされるとマヤは何だか、昔大好きだった兄にあやされた時の事を思い出した。
その兄は、葛城調査隊のメンバーの一人だった。とうとう帰ってこなかった。
大学でリツコに巡り会った時、その親友が葛城調査隊只一人の生存者と聞いて驚いたのだった。胸の中を回想が走り抜ける。

 

・・・暗い事件のイメージと違って、その人は明るくてよく笑う、底抜けにお人好しの人だった。先輩はその人の事をいつも気にかけていた。腐れ縁だと言って笑っていた。その人と場所を変わりたかったが、可愛い後輩の位置も悪くはなかった。
だから、ネルフはどうだと主任教授から打診された時二つ返事で受けた。
彼女の恋人から誘惑された時、少し嬉しかった。燻っていた不満が晴れたような気がした。だから、その人の誘惑に乗って、寝た。初めての男だった。
その人との関係は、その人が死ぬ少し前まで続いた。男の愛し方も、技巧も、全て仕込まれた。女の喜びもその人に教えられた。その男に夢中になりかけていた。
だが、ある日ふと先輩が言った。

 

・・・人のものをとっても最後に傷付くのは自分よ、と。

 

その頃、先輩は報われない辛い恋をしていた。年端も行かない少女ととっくに死んでしまった女性が恋敵だった。死者はいつまでも美化されて無敵であり、少女は他ならぬ、その女性のクローンだった。
先輩の恋する男は花嫁を育てていたのだった。それに欠かせぬ技術と才をもつ先輩を、男は肉体で繋ぎ止めていた。あの冷静で、理知的な先輩が、その男に蹂躙され、獣のように叫びを上げ、離れようとしても離れられない、男に隷従する姿を私は何回も目撃した。泣きながら男に縋り付いて男に愛される事望んでいる女の姿。その狂態が自分とだぶった。
自分の方で遊んでいるのだと思っても、結局同じ事だった。男は欠片ほども先輩を愛していない。私を抱く男も同じだった。
それからずっと、男を見ないようにして生きてきた。

 

「マヤ、どうした?」
「え? ああ・・・なんでもないの・・・はは。」
「お!おい! 何で泣くんだっ? おいって。」

 

マヤは、青葉の胸ぐらを掴んでそのシャツに額を軽く当て、涙を流した。青葉は抱きしめてやるべきなのかどうか迷ったまま、結局そのまま突っ立っている事になった。
暫く泣いて、指で目をこすりながらマヤは後ろに下がった。たまに泣くのもいいなあと、思っていた。何かスッキリした気がする。今までの自分とは違ったような気がする。先輩は穢れている。私も穢れている。今までその事に気づかなかったのは、何故だろう。
今さら、引き返す訳にはいかないのだ。

 

「シゲル・・・ありがと・・・」
「え? いま・・・なんて?」
「じゃっ、またあとでね!」

 

マヤは身を翻して席につくと、『LCL圧減圧開始。0.05%』といつもの生真面目な声で言った。
青葉は、タイミングを叉も逸した事に、気がついたのか、ついていないのか。ちょっと肩を竦めると、エレベーターに向かった。

 

青葉と入れ違うようにシンジが隣の部屋に入って来た。
18:30。指定通りの時間だ。
こちらのクリーンルームには入ってきれないがガラス越しに様子を見る事は可能。

 

『減圧正常。LCL濃度希薄化措置開始。レベル1〜3自動運転。システム作動。』

 

LCL水槽の中に寝台が床から上昇し、止まる。その上にゆっくりアスカの身体が降ろされ、下肢側が少し上に持ち上がる。
喉の中深く気管排出用の細いドレナージチューブが数本もぐりこんでいく。
腸管洗浄用のチューブと尿管ドレーンそしてカテーテルから噴門逆流防止チューブが逆に引き抜かれる。アスカの身体が、ゆっくりと細い寝台に降ろされ、その四肢と濡れた髪が、だらりと周囲に垂れ下がる。数カ所の、血管やリンパ採取の経路を確保していた銀色の細いマジックハンドがゆっくりと折れまがって針を引き抜き、たたまれて行く。
全身に無数に吸い付いていた心電図や脳波そして疑似感覚を身体に与えるための計測コードがバラバラと外れて天上に向かって巻き上げられて行く。
しゅー、と微かな音を立ててLCL洗浄液を含む噴霧がアスカの身体を温めながら吹き付けられる。白っぽくなっていた唇と肌に僅かずつ、ばら色が戻ってくる。

 

今迄みた事のない光景を始めて見たシンジは、文字どおり実験体のように扱われているアスカの肢体の様を見せつけられ、戸惑いと恥ずかしさを押さえきれずに赤面しながらも、恋人の身体を無慈悲に蝕んでいるとしか思えない数々のコードやステンレスの器具を睨み付けていた。
勿論自分自身もされて来た事なのだがこんなにも非人間的状況だったとは思わなかった。こんな中に、もう一刻もアスカを置いておきたく無かった。

 

『不満そうね、シンジ君。』
「随分・・・むごい物なんですね。まるで実験動物だ。」
『あなた方に余計な苦痛を与えないように万全の準備をして可能な限り短時間で終了可能なように出来ているシステムなのよ。見た目は我慢して頂戴。』

 

・・・そういいながら、アスカのこんな様子にシンジ君だって興奮しているのよ。
・・・男はそういう、どうしようもない動物なのよ。

 

最後に一本のマジックハンドが降下してくる。   
黄色い睡眠剤中和の覚醒剤が脚の付け根に確保されていた経路から注入される。
アスカの身体がピクンと小さく反応した。
針は5秒ほどで引き抜かれ、注射器が再び回収されていく。

 

「わかってはいるんですが・・アスカのこんな様子を見るのは耐えられません。」

 

アスカの目から涙が流れている。恥ずかしめを受けた事を知っているかのように。

 

「アスカが・・・泣いてるじゃないですか。苦しいんじゃ無いですか?」

 

『あなたも泣くわ。覚醒が始る際に涙が出てくるのよ。生理現象ね。もうすぐ目を醒ますわ。アスカも見られていたとなれば恥ずかしがるでしょうから、更衣室前で待っていてあげて頂戴。』

 

温風がアスカを包んで、次第にその身体から水滴を消して行った。

 

 

 

 

 

2019-12-30 18:58

「惣流アスカのデータが転送されて来ました。」

 

モニター画面に無数の数字が走り始める。MAGIによって暗号化されたデータの解析も、キーワードが合えばなんら問題なく元通りに解読されて行く。

 

「そのままダウンロードしてくれ。ファイルは20191224A2の後に。」
「20191230A1、終了です。・・これは・・すごい。同調指数89.75のデータですよ。」
「ほう、そこまでいったか。まさに愛は全てに勝ると言うわけか?」
「皮肉ですか?」
「まさかな。だが隣の部屋でキーボードに指を走らせている女を見てみろ。今の台詞は、まさにあの女の為にあるようなものだ。本来あの女が一番この計画を進める事を望むはずだった。だからあの女の男が、まだ奥の部屋にいると信じさせてやったのさ。少しばかり今の記憶に蓋をして、少しだけ時計を戻してやればいい。その事だけであの女は幸せになれるのだからな。」

 

 

 

 

2019-12-30 20:00


大きな毛布にくるまれて更衣室に入ったアスカが部屋の外にやっと出て来た。歩くのさえおぼつかないような足取りだ。可哀想によほど疲れたんだな、とシンジはアスカの身体をだき抱えるようにして歩いた。

 

「シ、シンジ、お願い。もう少しゆっくり歩いて・・・お願い。」

 

アスカの身体が熱い。風邪でも引いたのだろうかとシンジが訝(いぶか)しむ。

 

「大丈夫?具合が悪いんじゃ無いの? だいぶ熱があるようだよ。」

 

そういいながら見ると、アスカの額と首筋にべったりほつれ毛が張り付いていた。
汗もかなり酷い。

 

「背負うよ。乗って。」

 

シンジがアスカに向かって背を向けてしゃがんでくれる。
こんなにも心配されている事が嬉しいが、そこに乗るのが躊躇われた。

 

「耐えられるだろうか・・・」

 

アスカの目がひどく揺れた。身体中が炎のように熱くなり、溶鉱炉の中身の様に、ぐつぐつ蕩けている。そのとろとろになった身体の中味が、しとどに流れかかっているのだ。
シンジの背中が、自分にどういう刺激をもたらすか不安だった。


明日香が、『叔父様』に抱かれた後と、それは全く同じ状態だったのだが、そんな事を2人は知る由も無かった。そっとシンジの背に自分の身体を押しつける。シンジの髪の匂いを吸っただけで、気が遠くなりそうだった。胸をできるだけ背中から離しておけるように身体を丸める脚を揃えたまま、縮こまって背中に寄り添った。そのままシンジはアスカの身体を持ち上げた、半身が後ろに倒れそうになって必死で首にしがみついた途端、柔らかな乳房がシンジ背に触れた。かん高い悲鳴を上げてしまった。

 

「ひきやあっ、っくぅっ。」

 

びりびりっと、全身のツボに針を射し込まれたような衝撃が走った。
そのショックで思わずふらーっと頭が後方に仰け反った。
シンジが、わっと声を上げてとっさにアスカの背中を後ろ手に押さえた。

 

「な、なにしてんのッ、アスカッ! 危ないよっ!」
「ご、ごめん、貧血起こしちゃったみたいで...。」
「しょうがないなあ。恥ずかしいかも知れないけど脚をもっと開いて、僕の両脇にはまって、首にしがみついて。それなら途中で寝てしまっても、しっかり運べるから。」

 

やむを得ず言う通りにした。背負いやすいようにコートの前を開いてセーターの上から羽織るように着た。
そうすれば脚が隠れるから恥ずかしくないでしょ、とシンジがいう。
アスカが危惧している事とはまるで違ったが・・・。

 

できるだけ静かに身体を載せたのにシンジが立ち上がった途端、内腿がシンジの身体にこすれて、跳ね上がるほどの感覚に襲われた。必死で耐えたところでゆさゆさと揺すられ胸に微妙な圧迫が与えられた。ぞくぞくっと身体に震えが走ったところでシンジの手がお尻の真下で組まれた。その拳がお尻の間を歩む度にノックする。

 

「あ・・・ぐうぅぅぅ。はあっ・・・!」

 

必死で息と声を噛み殺すが、一歩一歩その官能がアスカを苛むのでは、たまった物では無い。
ほんの10mもいかぬうちに、アスカはシンジに、降ろしてくれるように泣き声を上げて懸命に頼んでいた。

 

「お願い、シンジ、お願い降ろしてっ、はやくぅぅ。」

 

慌ててしゃがみ込んだシンジから降りて、そのまま冷たく凍ったアスファルトに、身体ごと転げた。全身がおこりにかかったように、激しく痙攣し、のたうった。

 

「あっ、あっ、あっ、あぐうう〜っ。

 

そのアスカの状態を見て、さすがのシンジも気がついた。只の熱や、痙攣じゃ無い。これは男女の営みの時の、エクスタシーの状態だ。
固く目を閉じて切な気な息を真っ赤な顔をして吐き出し、身体と四肢が震えている。一体何でこんな状態にアスカが追い立てられたのか、さっぱり分からなかった。

 

「アスカ、大丈夫?」
「わかんない・・・どうしてかわかんないの。でも、どうしようもないのっ。

 

余りに強い感覚に、涙を浮かべてアスカは訴えた。気が狂いそう・・・と言って顔をしかめ身体を固くしている。その間にも引っ切り無しにオルガスムスが襲って来てその度に小さなうめきを上げて、シンジに縋って来る。このままではどうしようもない。アスカを強引に抱えあげると、正面の幹線道路に向かって走り出した。
その間にもアスカは何度も達してしまい、苦痛と歓喜を訴え続ける。既に半分気を失ったようになって時々ぴくぴくと身体を震わせている。シンジはアスカをビルの前に横たえて、タクシーの空車呼び出しボタンを押し続た。タクシーがやっと止まり、アスカを抱き上げるとまるで粗相をしたように、ミニスカートが、じゅくッと音を立てた。シンジはあっけに取られた。これはただ事では無かった。
自分のコートのフードのボタンをむしり取ると、アスカの腰を包んで抱き上げた。
アスカの目は既に何も映していない。ただ身体から、湯気が立つほどの熱気が吹き上げてくる。無人タクシーに運び込んでドアが閉まると一気に窓が熱気で曇った。

 

車に乗り込んだ時の振動のせいか、再びアスカがシンジを求める。血が泡立っているようにすら感じられて、必死になってシンジの膝ににじり寄り、縋り付く。その手をシンジが握りしめる。その手ですら、官能を高めてしまう。
自分の乱れ方の凄まじさに、背筋が凍り付きそうな恐怖に襲われる。

 

「あう、あっ、あっ。シンジ、シンジイッ。」
「大丈夫!ここにいるよ。もうすぐ家に着くからね。もう少し我慢して。」
「あ、あう。あ・・・ぎぃ。」
「大丈夫だから、無理に話そうとしなくていいから・・・」

 

口がきけない程・・。アスカは海の底に沈み、浮かび上がり、波に叩き付けられ、波に揉まれ、さざ波に翻弄され続けていた。身体の中に激しい海と、灼熱した太陽が燃え盛っているようだった。頭を抱えて転げ回りたかった。思い切り大声を上げて、身に付けた全てを剥ぎ取って、雪の中で転げ回りたかった。シンジに思いきり戒めと罰を与えてほしかった。
自分に思いきり血の傷と、苦しみを与えて、罰して欲しかった。

 

「た、助けて・・・苦しいっ。シンジイッ。あっ、きゃあああーーっ!」

 

肢体に宿る灼熱の炎、それがが身体を、脳髄を、容赦なく焼きつくしていく。
ついに、アスカは絶叫と共に気を失い、びくびくと固く伸び切った四肢が震えた。

 

 

 

 

 

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