昼寝しようと思ったけれど、いつも枕代わりにしているクッションがなかった。
1階のリビングでそれを見つけて、アタシはトントンと軽い調子で階段を昇り、自分の部屋のドアを開けようとノブをつかむ。
そのときだった。
アタシは背後から声をかけられた。
「アスカ姉さん!」
振り返ると、弟のシンジがアタシを見上げてる。
学校から帰ったばかりなのか、まだ制服を着替えていない。
やっぱりコイツは、このカッコが一番よく似合うわね。
思わずニンマリしそうになるのを抑えながら、アタシは努めて落ち着いた声で「どうしたのよ?」と訊ねた。
するとシンジはちょっとだけ悩んだような素振りをみせてから、1人の女の子をアタシに引き合わせた。
シンジの身体に隠れるようにしていたから、アタシは最初、その女の子がいることなんてちっとも気付かなかった。
「ほら、ヒカリ」
シンジの声に、アタシの前に現れる女の子。シンジと同じ中学校の、制服を着ている。
彼女はアタシを上目遣いで見上げたあと、
「は、初めまして! わたし、洞木ヒカリです!」
そう言って、ぺこりと頭を下げる彼女に、
「え……?」
と、アタシは一瞬、言葉を失った。
ぼうっとした視線で、その女の子を見つめた、
ほっぺたの辺りにちょっとだけそばかすが残っているけれど、可愛い子。
真っ黒な髪をゴムで2本に束ねて、自然な感じで肩口に下ろしてる。
ちょっと野暮ったいけど、いかにも真面目な優等生って感じだった。
「僕たち、いま付き合っているんだ。……姉さんに紹介したいと思って」
「……そう」
やがてアタシは、落ち着いた口調で言った。
声は、震えていなかった。
「アタシはアスカ。よろしく」
そんなことさえ口に出来る、余裕すらあった。
「よろしくお願いします!」
彼女、洞木ヒカリはパッと華やいだ笑みを浮かべると、もう一度アタシに向かって深々と頭を下げた。
笑顔がきれいで、礼儀正しくて女の子だな、というのがアタシの第一印象。
シンジが好きになった、女の子だけのことはあった。
「じゃあ、ごゆっくりね」とシンジと洞木ヒカリに言うと、アタシはドアのノブに手をかけて自室に入る。
後ろ手にドアを閉じてから、大きくため息を吐き出す。
そして思い切り、手にしたクッションをベッドに叩きつけていた。
胸に渦巻く怒りを、ぶつけるかのように。
姉おとうと
ベッドに寝ころぶアタシの耳に、シンジと洞木ヒカリの、楽しそうな話し声が聞こえていた。
隣のシンジの部屋で何をしゃべっているのかは分からない。けれど、いかにも幸せそうなカップル、といった感じだった。
それを聞きたくなくて、アタシはうつぶせになった。
枕代わりの大きなクッションに顔を埋めた。だけど、シンジと洞木ヒカリという女の声はアタシの耳に届く。そんなに大きくないのに、2人の声はアタシの耳でこだまする。
2人は、何を喋っているの?
ニコニコとした笑顔で、あれこれと話しかけるシンジ。
それを一つひとつ、幸せそうな表情いっぱいで聞き入るあの女。
そんな2人の姿を想像すると、アタシの胸は張り裂けそうだった。
それは、嫉妬。
今すぐにでもシンジの部屋に怒鳴り込んで、アタシのシンジからあの女を引き離してやりたいって思った。
でも、そんなことは出来ない。
少なくとも、シンジの目の前では。
だからアタシはクッションに顔を埋めたまま、大きく息を吐き出すだけだった。
『姉さん』
シンジはいつも、アタシをそう呼ぶ。
本当は、「アスカ」って呼んでもらいたいのに。
「どうしてよ、シンジ……」
思わずそんな言葉が、アタシの口をついて出ていた。
アタシはこんなにもシンジのことを愛しているのに。
いままで何人もの男がアタシに告白してきたけれど、もちろんアタシは全部断った。
なのにシンジは、どこの誰とも分からないような女を部屋に連れ込んで、楽しそうに話してる。
そんなことが許されてもいいの?
たとえ血のつながったきょうだいだからって、アタシはシンジのことが好き。
心の底から、シンジのことを愛してる。
シンジが望むことだったら、何だってしてあげる。
アタシのこの身体だって、あげたっていい。オッパイだって、お尻だって、あそこだって何だってシンジにあげる。どんないやらしいことだって、してあげる。
なのにシンジは、そういう目でアタシを見たことは一度もない。
もちろん、女に興味がないわけじゃないと思う。シンジの部屋のベッドの下、そこにエッチな本を隠していることはちゃんと知っている。
だけど、アタシに対してだけは違う。
お風呂上がり、バスタオル1枚だけの格好になってどれだけシンジを挑発しても。
ちらっと胸を見せてあげても。
シンジは決して、理性を失わない。
アタシが脱ぎ捨てたブラやパンティだって、興味すらないみたい。
それはシンジが、アタシを血のつながった姉以上には思っていないから。
「シンジ……。シンジぃ……」
ベッドに寝転がりながら、小さな声でシンジの名前を口にした。
とたんに甘ったるい、切ない感情がアタシの胸に押し寄せて来た。
頭の中はシンジの姿でいっぱいで、アタシは気が狂いそうになっていた。
「ほらシンジ……。我慢しなくていいのよ。アタシの身体、欲しいんでしょう?」
隣に聞こえないように、小さな声で言った。
着ていたタンクトップを脱いで、ブラを外した。
ポロンッと乳房がこぼれる。クラスの誰にも負けない、アタシの自慢のオッパイ。あんな洞木ヒカリとかいう女じゃ、逆立ちしたって及ばない。
「ほら……、ほらぁ……」
壁を向く。
その向こうにいるシンジに向かって、アタシは2つのふくらみを両手で持ち上げて、見せつける。
その柔らかさを強調するかのように、揉みしだく。
「ん……」
アタシの口から、鼻にかかった声が漏れた。
この手がシンジのものだったら、どんなにかいいのに。そう思いながら、何度も何度も、アタシは両手に力を込めた。
「あげる。アンタにアタシをあげる。シンジ……」
うわごとのように、アタシは繰り返した。
シンジ、そんな女なんか無視して、アタシと気持ちいいことしようよ。
そんな女じゃ絶対に物足りない、とってもとっても楽しいこと。
ほら、アタシのオッパイ美味しそうでしょう?
アンタがいますぐこっちに来たら、もっともっと素敵なこと、教えてあげるんだから……。
だから早く来なさいよ、バカシンジぃ。
身体が暑い。
上半身は裸なのに、暑くて暑くてたまらなかった。
『んっ……』
それは、突然だった。
あの女の、呻くような声。押し殺したような、快感を抑えるのに似た声。
『んっ……、や、やめようよ碇、くん……。あっ……』
聞こえる。
洞木ヒカリの、切なげな甘い声が、アタシの耳に届く。
『お姉さんに……、聞こえちゃうよ……』
呻きに似た洞木ヒカリの声に比べて、シンジの声は聞こえない。
アタシの身体は、自然と動いていた。
壁に耳を押しつける。
『洞木さん……』
聞こえた。
訴えかけるような、熱っぽいシンジの声が。
どんな顔して、シンジは言っているんだろう?
真剣な顔で?
それともいつもの穏やかな、優しそうな笑顔で?
その笑顔は、本当ならアタシだけのもの。
『あんっ……、ああ、や、やめようよこんな……、こんなこと……』
『じっとしてて、洞木さん……。ほら、もうこんなに……』
『ば、バカぁ……』
「どうしてよ、シンジ……」
アタシは声に出していた。
嫉妬と、怒りがアタシの頭の中でぐるぐると回っていた。
これからあの2人が何をしようとしているのか、すぐに分かった。
シンジがあの女と、セックスしようとしている。それも隣にこのアタシがいると、分かっていながら。
その事実は、アタシをどうしようもなく、打ちのめしていた。
シンジは、あの女との行為をアタシに聞かせたいの?
どうして?
アタシの気持ちに気付いているから?
アタシに、アンタのことを諦めさせようとして……?
教えなさいよシンジ。教えてよ、ねえ。
アタシの目からは、涙がポロポロと流れて。
それが頬を伝って、アタシの裸の胸をの上を流れていった。
『ううんっ……。くふぅっ、やんっ、あんっ、いやぁっ』
断続的に聞こえる、洞木ヒカリの喘ぎ声。
ピチャピチャと、ネコがミルクを舐めるような、音。その音に比例して、大きくなったり小さくなったりする、女の声。
それは苦しげで、でも切なげで。
アタシは痛いほど唇を噛んで、壁にツメを立てた。
きっとシンジは、あの女のあそこを舐めている。
シャワーも浴びてない、オシッコ臭いあの部分を。
そんな女のなんか、舐めるんじゃないわよ!
アンタには、このアタシがいるじゃない!?
アタシのあそこ、舐めてよ。たっぷりとかわいがってよ。
アンタ、舐めるだけなんでしょう?
アタシだったらアンタのあそこも舐めてあげる。上下になって、一緒に舐め合いっこだってしてあげるのよ? その女じゃ、きっとそんなことしてくれないでしょう?
口に出したっていいの。シンジのミルクなら、喜んで全部飲んであげる。
だからやめなさいよ、シンジ。
やめてよ。
お願いだからやめてよぉ……。
アタシは、そろそろと右手をスカートの中にもっていく。パンティは、信じられないくらいに濡れていた。
パンティに指を立てて上下にこすると、くちゅっくちゅっとスカートの中で音が鳴っているのが、聞こえた。
「ほらあ……、アタシのココ、もうこんなにグッショリなんだからぁ……。んっ、ああっ……」
パンティの上から、大きくなった肉芽をつまみあげる。
左手でオッパイを、痛いほどつかむ。
「アタシのここ、舐めたいでしょ? いいのよ、舐めさせてあげる。きっと美味しいよ、甘くて最高のジュースなんだから」
我慢できず、パンティの中に右手を忍ばせた。
ヘアをかきわけると、たっぷりと熱と湿り気を帯びた、アタシのその部分にたどり着いた。
その唇はもうだらしくなく開ききって、トロトロとした液体を外に吐き出し続けてる。
パンティの布だけじゃ吸収出来ないから、その粘り気のある液体はふとももを伝い落ちていた。
『あんっ、くはぁ、うっ、あああ!』
洞木ヒカリの声が、ひときわ大きくなった。
もう隣のアタシのことなんか、耳に入らないみたいだった。
ギシギシと、ベッドがきしむ音がした。
「やめてよぉ……、もうしないでよ、シンジ……」
指を2本、トロトロになったその中心部に差し入れた。
ニュルッという感触と同時に、凄まじいまでの快感がアタシの全身を貫いた。
「はんっ、ああっ、あん、あん、シンジ、シンジぃ……」
指を出し入れするリズムに合わせ、アタシの口から無意識に甘い声が漏れ出す。
くちゅっ、ぐちゅっといういやらしい音も、絶え間なくアタシの耳に届いた。
「シンジ、好きぃっ……、アタシ、アンタのことこんなにも愛してるのぉっ……!」
どろどろになった部分を指でかき回した。
この指はもうアタシのじゃない。
シンジの指。
親指でクリトリスをこね回しながら、ピンと張りつめた乳首を、思い切りつまんだ。
「ああああっ! シンジ! シンジぃ!」
『碇くん! 碇くん! ああっんっ、かはっ、ああ!』
『洞木さん……!』
「シンジ! もっと、もっとして!」
アタシは想像の中で、シンジに抱かれていた。
シンジの、中学生らしくない大きなモノで、思い切り貫かれていた。
シンジはアタシの両脚を抱えて、ずんずんと突き上げてくる。アタシはシーツの端をつかんで、いやいやをするように首を左右に振りながら押し寄せる快感に耐える。
「あんっ、あんっ、あっ、あっ、くぅっ、イッ、イッ、いいっ」
『くうっ、だ、だめっ、そんなに早くしちゃ、や、やだぁっ』
アタシの声と洞木ヒカリの声が、薄い壁一枚を隔てて、いやらしいコーラスを奏でていた。
右手はもうアタシの意志に反して、激しく動き続けていた。
「い、イッちゃいそう、アタシ、イッちゃう! あああっ、シンジ、シンジぃ!!」
『い、碇くん、だめ、だめだったら、やだ、やだやだやだぁぁ! へ、変になっちゃう!!』
シンジ。
アタシはアンタを愛してる。
世界中の誰よりも、アタシはアンタを愛してる。
だから、だからアタシを見て。
アタシの全てをアンタにあげる。だから、アンタの全てをアタシにちょうだい!
「あっ、あああああああっっ!!」
シンジの笑顔を思い出しながら、アタシは自分の指で絶頂に達した。
『や、やだ! やだあああああああ!!』
その洞木ヒカリの絶頂する声を、アタシはどこか遠いところから聞いていた。
※
わずかに、まどろんでいたみたいだった。
アタシは汗でベトベトになった上半身の上に着ていたタンクトップをまとうと、ドアを開けて廊下に出た。
「あっ……」
見ると、洞木ヒカリが顔を真っ赤にして立っていた。
彼女の額も、汗で光ってる。
結ばれていたはずの髪もほどけていて、制服のブラウスはしわくちゃになっていた。
アタシと洞木ヒカリは、しばらく見つめ合った。
「……シンジは?」
「あ、何だか疲れたと言って、眠っちゃったみたいです……」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてうつむくその女を見ながら、アタシは再び嫉妬の炎がむらむらと胸の奥底から湧いてくるのを感じていた。
こんな女のどこを、シンジは好きになったの?
胸だって小さい。
どうせベッドに寝転がるだけで、シンジに愛撫されるだけのクセに。
自分からは何もしないクセに。
アンタにシンジのアレがしゃぶれるっていうの?
アンタに正常位以外の体位が出来るっていうの?
アタシは出来るわ。
シンジの気が済むまでたっぷりと舐めてあげるし、シンジが出すんだったら飲んであげる。
正常位だけじゃない。上に乗ってあげるし、バックだっていい。犬みたいに後ろから犯したいんだったらそうさせてあげる。あそこだけじゃなくてお尻に入れたいんだったら、させてあげたっていい。
そんな覚悟がアンタにある?
ないんでしょう?
「なのに、どうしてよ……」
「……はい?」
アタシは呟き、洞木ヒカリは訊き返した。
それを無視して、アタシはもう一度その女を見据えた。
こんな女の汚らしいあそこに、シンジは自分のものを突き入れたっていうの?
アタシはこの女に、負けたっていうの?
「し、失礼します……」
洞木ヒカリはぺこりと頭を下げて、アタシの横をすり抜ける。
そんな彼女を見ながら、アタシは思った。
そうよ。
シンジがこんな女に、心を奪われるはずがないのよ。
シンジはこの女に、騙されているだけ。だってシンジは、アタシのことを愛しているんだから。
だからアタシは、この女を排除しなければならない。
洞木ヒカリという名前のこの女を、この世から抹殺しなければならない。
アタシはすっと洞木ヒカリに近づくと、いままさに階段を降りようとしていた彼女の背中をドンッと突き落としていた。
「キャッ!」
小さく悲鳴をあげたあと、彼女は転がるように階段を落ちていく。
ドシンッという衝撃音に重なるように、ボキッという鈍い音が聞こえた。
首の骨でも折ったのかもしれない。アタシの視線の先で、洞木ヒカリという名前だった女はピクリとも動かない。
目だけが、見開かれていた。
あの女の後頭部から、赤黒い血が流れ出していた。
「ふふふっ、ふふふ」
その様子を見ながら、アタシは笑った。
楽しくてたまらなかった。
シンジの心を奪ったあの女は、もういない。このアタシが、殺してやった。
アタシはゆっくりと、振り返った。
そこに、シンジの部屋のドアがあった。
待ってなさいよ、シンジ。
いまからアタシがアンタのところに行ってあげる。
そして、あんな階段の下で死んでるような女とじゃとうてい体験出来ない楽しくて素敵なことを、これからアタシがたっぷりと教えてあげるんだから。
だから感謝しなさいよ、シンジ。
アタシは着ていたタンクトップを脱ぎ捨てた。
スカートと、ビチョピチョになったパンティも下ろして全裸になった。
アタシはシンジの部屋のドアの前に立った。
この向こうでは、何も知らないシンジが眠っているはずだ。
アタシは大きく息を吸って、そして吐いた。
シンジ。
アタシと幸せになりましょう?
永遠に。
そしてドアを開く前、アタシは自分に活を入れた。
「行くわよ、アスカ」
(了)
(2002/08/01 by FUJIWARA)